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2012年06月10日

リアルめーにPerfumeの


 のっちですと言わざるを得ない。

 一介のボブ好きとして予てより押さえてはいたが、今更絵に描くことになるとは思わなかった。たまたま以前描いたゆっこのボツ絵を見ていて何かに流用できないかととりあえずボブにしていたら、なんとなくいけそうに思えてきてこの有様である。

 女子の似顔絵を描く際の鉄則はほうれい線と鼻を描き込まないことだが、あまり目立った特徴のない彼女の顔の最も特徴的な部分は低い鼻根と広がった鼻梁にあるため、これらの処理に手間取った。もう一つのより普遍的な鉄則は本人がしそうな表情や仕草を描くことだが、それは私が似顔絵を描くのを好まない最大の理由でもある。どこかで見た誰もが知っている本人そのものを描くのは退屈極まりない。そのため本人がやらなそうな表情、着なそうな服にした。それらを導くためにCDのみならず写真集まで買い、丸一日Youtubeを漁ったとは誰にも言えない。

 そんなわけで最新曲あたりまでつらつらと聴いてはいたわけだが、恋愛エレクトロポップ路線はあくまで一路線なのだろうと思っていたが見事にこれ一本なことに驚いた。これを徹底と捉えるか単調と捉えるかは人それぞれだろうが、彼女らが今の音楽以外の音楽で踊っている姿は想像できないし、これでいいのかもしれない。このままフェードアウトしていったとしても、潔癖な人々からはその正しさを評価されるだろう。

 しかし潔癖でない私としてはいい加減なことを言いたくなる。彼女らももう二十代半ば、いつまでもクラブとバイトでドンパチでもあるまい。SMAPの「夜空ノムコウ」があれほど売れたのはなぜか。ジャニヲタが大量にいたから?それも重要な要因の一つだが、売り上げ枚数はジャニヲタの総量よりも多い。それまでSMAPをスルーしてきた人々がそうしなかったということだ。

 アイドルとは洗いたての白いシャツである。誰の目にも快く、誰にでもよく似合い、鼻を近づければ爽やかに香り、どこででも手に入る。その代償として纏うことになる空虚を時代の空気で吹き飛ばす。SMAPは、より正しくは作詞をしたスガシカオは、そのシャツに泥をかけた。そのようでなければならないアイドルにとって自己否定は禁忌である。決して「あのころの未来にぼくらは立っているのかなぁ…」などと言ってはいけないのだ。私はこの歌を聴いた時、へえ、アイドルがこういう歌歌うんだ、と関心を持ったし、日々汚れたシャツを着て徒労に従事している多くの人々に恐らく某かの引っ掛かりをもたらしたはずだ。

 翻ってPerfumeは、これまで大事に作り上げてきた煌びやかな衣装に泥をかけることができるだろうか?当然ファンもプロデューサーももちろん本人たちも、そんなことは望みもしないし考えてもいないだろう。SMAPにとって夜空ノムコウは結局持ち歌の一つに過ぎなかったようだし、Perfumeにそれができたとして、やはりそれは持ち歌の一つにしかならないだろう。それでも私は彼女らが、顔を背けたくなるような生臭いキスをしている姿を見たいと思ってしまうのだ。


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